印西大師・印西地区の大師堂巡拝 松崎の多聞院(50番&67番)

(令和5年6月29日その6)
印西大師・印西地区の大師堂巡拝、松崎の火皇子神社に寄り道の次は、松崎の多聞院(50番&67番)に参ります。
火皇子神社の鳥居を出て新道を右(北西)に進みます。この新道が右にカーブする三叉路、

印西市消防団第5分団第4部倉庫前三叉路
印西市消防団第5分団第4部倉庫前三叉路
ここ、印西市消防団第5分団第4部倉庫の左側の道に(直進気味に)左折します。そこから約0.1km弱の道がわずかに左に曲がるところ、
松崎多聞院東
松崎多聞院東
直進気味な右のスロープの先が、多聞院の境内になります。道路をもう少し進んで、左(南)からの道と合流する三叉路、左に折れてから反転します。
松崎多聞院南
松崎多聞院南
なお、この道を南に行くと、松崎村ぐるみ農業集会所に至ります。

松崎の多聞院

天台宗、多聞院、印西市松崎396番地。(千葉県の宗教法人名簿より)
印西大師50番。
印西大師67番。(毘沙門堂)
三叉路の少し西に階段があって山門、その先に本堂、本堂の右の境内東端に松崎中央会館、本堂の左(西)にスペースがあり、その先一段高くなって毘沙門堂、道路から毘沙門堂へは長めの階段を上って参道で、その参道の左(西)に、道路寄りに番外大師堂、毘沙門堂寄りに50番&67番大師堂、毘沙門堂の左前に文化財説明板、毘沙門堂の右下に石塔石仏群があります。

山門

松崎多聞院山門
松崎多聞院山門
松崎多聞院山門前右
松崎多聞院山門前右
山号は普光山。

本堂

松崎多聞院本堂
松崎多聞院本堂

松崎中央会館看板

松崎中央会館看板
松崎中央会館看板

境内

松崎多聞院境内
松崎多聞院境内

毘沙門堂参道

松崎多聞院毘沙門堂参道階段
松崎多聞院毘沙門堂参道階段
松崎多聞院毘沙門堂参道
松崎多聞院毘沙門堂参道

手水鉢

松崎多聞院毘沙門堂手水鉢
松崎多聞院毘沙門堂手水鉢
手水鉢には、「天保〓未年 霜月〓日 普光山現住」とあります。(天保未年=天保6年=1835年)

番外大師堂

松崎多聞院番外大師堂
松崎多聞院番外大師堂

50番&67番大師堂

50番&67番大師堂
50番&67番大師堂
印西大師50番番号札
印西大師50番番号札
印西大師67番番号札
印西大師67番番号札
50番&67番御詠歌額
50番&67番御詠歌額
この御詠歌額、50番は「松崎多聞院」、67番は「松崎毘沙門堂」と区別しています。
さて、堂内の大師像台座の写真ですが、どっちがどっちか判らなくなってしまって、
50番&67番大師堂内台座その1
50番&67番大師堂内台座その1
たぶん、背後の陰影からして、こちらが右だと思うのですが、台座の文字は、達筆過ぎて、省略。
50番&67番大師堂内台座その2
50番&67番大師堂内台座その2
こちらの台座には「明治十二卯年十一月 松嵜村中 多聞院〓〓代」とあります。(明治12年=1879年)

文化財説明板

県指定文化財木造毘沙門天及び両脇侍立像三軀の説明板です。

松崎多聞院毘沙門堂文化財説明板
松崎多聞院毘沙門堂文化財説明板
千葉県の指定文化財です。
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/p131-005.htmlwww.pref.chiba.lg.jp
(最近?の千葉県Web Siteは何か変ですので印西市Web Siteも併記します。)
www.city.inzai.lg.jp

毘沙門堂

松崎多聞院毘沙門堂
松崎多聞院毘沙門堂
松崎多聞院毘沙門堂扁額
松崎多聞院毘沙門堂扁額

毘沙門堂右下石塔石仏群

松崎多聞院毘沙門堂右下石塔石仏群
松崎多聞院毘沙門堂右下石塔石仏群
この中の左側、
松崎多聞院毘沙門堂右下石塔石仏群左4基
松崎多聞院毘沙門堂右下石塔石仏群左4基
左から4番目の新しい石仏は、右面「平成七年七月吉日 中郷区建之」、台座「女人講」、その左の石塔は、正面「廿三夜供養塔」、右面「文久元辛酉歳十月吉日」とあります。(平成7年=1995年、文久元年=1861年) 中郷は、地理院地図にも記載があるので、この辺りの小字でしょう。
松崎多聞院毘沙門堂右下石塔石仏群左端
松崎多聞院毘沙門堂右下石塔石仏群左端
左(南)端の石塔は、正面「…念佛供養塔」、右面「寛政六〓寅年」とあります。(寛政6年=1794年)

次回は、前戸(松崎)の大師堂

次回は、前戸(松崎)のコミュニティセンター前戸の里にある大師堂に参ります。来た道を戻り、印西市消防団第5分団第4部倉庫前三叉路を左折します。