千葉寺十善講八十八ヶ所巡拝 新町の天神社(番外)

(令和5年9月2日その2)
千葉寺十善講八十八ヶ所巡拝、新田町の道祖神社(番外)の次は、千葉市中央区新町(しんまち)の天神社(番外)に参ります。
既に天神社の前に来ています。

千葉市中央区新町の天神社

天神社、千葉市中央区新町22番地13。(千葉県の宗教法人名簿より)
千葉寺十善講八十八ヶ所番外。
こちらも狭い境内で、道路際に鳥居、鳥居の先参道直ぐに社殿、参道の右に記念之碑と手水舎、社殿の右に大師堂、社殿の裏に古い石塔石仏群があります。また、境内の右は新町自治会館です。

新町天神社
新町天神社
鳥居の神額には「天満宮」とあります。
新町天神社を右から
新町天神社を右から

記念之碑

新町天神社記念之碑
新町天神社記念之碑
これに拠れば、かつては千葉市登戸町天神山の中腹にあったが、昭和38年に新町156番地に移転、平成2年新町地区市街地再開発事業により再移転。(昭和38年=1963年、平成2年=1990年)
新町156番地は地番でしょう。住居表示では何処になるのか不明です。

手水鉢

新町天神社手水鉢正面左面
新町天神社手水鉢正面左面
新町天神社手水鉢背面右面
新町天神社手水鉢背面右面
手水鉢の左面(社殿側)には「明治十〓年九月廿五日」とあるので、登戸天神山にあった時のものでしょうか。右面には「新甼」、「琴平講社」などとあり、当時から新町の人と関わりがあったようです。

社殿

新町天神社社殿
新町天神社社殿

社殿裏石塔石仏群

新町天神社社殿裏石塔石仏群右側
新町天神社社殿裏石塔石仏群右側
この中で、右から4番目の石仏(子安さん)は、右「享和四甲子年三月吉日」とあります。(享和4年=1804年、この年は2月の時点で文化に改元)
新町天神社社殿裏石塔石仏群左側
新町天神社社殿裏石塔石仏群左側

大師堂

新町天神社大師堂
新町天神社大師堂
それでは、次へ参ります。神社を出て右(西)に、すぐの十字路を右折します。その先で、千葉都市モノレール2号線・国道14号に出るところ、
新町天神社北西で国道14号に出る
新町天神社北西で国道14号に出る
ここを左折し、モノレールとは早々に別れて、国道14号を西へ進みます。国道357号との合流が近づく登戸小学校入口交差点、
国道14号登戸小学校入口交差点
国道14号登戸小学校入口交差点
右手に鳥居が見えますが、これが真光院(6番)大師堂の有る登渡神社になります。交差点を右折します。
今回の記事は短いですが、ここで切ります。

次回は、登戸の登渡神社(真光院)(6番)

次回は、登戸の登渡神社(真光院)(6番)に参ります。