(令和6年4月2日その5)
千葉寺十善講八十八ヶ所巡拝、六崎組十善講八十八ヶ所巡拝、生谷の専栄寺(千61番&六61番)&弁天様の次は、生谷の高産霊神社に寄り道します。
生谷の弁天様の向かいが高産霊神社です。しかしながら、参道階段には入らずに、神社敷地に沿って右へ進んでから振り向くと、奥に弁天様、右には高産霊神社境内へ階段なしに入れるルートがありました。そちらから入ります。
生谷の高産霊神社
高産霊神社、佐倉市生谷497番地。(千葉県の宗教法人名簿より)
高産霊神社の読みは「たかみむすびじんじゃ」。右側から入ると、参道に合流する手前右に境内社猿田彦之命社、参道合流地点の左に下り階段、右に狛犬、その先参道右に手水鉢、高産霊神社由来記碑、そして上り階段、常夜灯、狛犬、社殿。周囲に境内社が散在しています。大師堂は見当たりません。
境内社猿田彦之命社
三等三角点
猿田彦之命社の右に、三等三角点( 標高29.2m )がありました。
参道階段
階段の向こうに弁天様。
狛犬その1
手水鉢
手水鉢の正面「奉納」、左面上部「嘉永元戊申年 四月吉日」、右面上部「當村 世話人」、左右面下部に名字付き男性名多数。(嘉永元年=1848年)
生谷高産霊神社由来記碑
これに拠れば、創立は観応元年(1350年)、ご祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、旧称は大六天、明治元年(1868年)に高産霊神社と改称。境内社は次の5社、
- 八坂神社。ご祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)、創立は文政2年(1819年)、旧称は牛頭天王、明治元年に八坂神社と改称。
- 金毘羅神社。ご祭神は大己貴命、創立は寛政元年(1789年)、旧称は金毘羅大権現、明治元年に琴平神社と改称。
- 子安神社。ご祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめ)、創立は慶長14年(1609年)。
- 疱瘡神社。ご祭神は大直日命(おほかほひのみこと)、創立は天和2年(1682年)。
- 天満天神。ご祭神は菅原道真。創立は元禄4年(1691年)。
あれ、猿田彦之命社の記述が無い。
境内
階段に架かる縄が気になったので、横から回り込みます。この写真の右端が金比羅神社、写真左の社殿右前が天満宮。
境内社金比羅神社
境内社天満宮
社殿前狛犬
両方の台座正面に「嘉永三庚戌 十一月 當村」。
常夜灯
右常夜灯の正面「奉納」、右面「文化十四丑十一月吉日」。(文化14年=1817年)
社殿
神額は「高産靈神社」。
社殿左後方石祠
台座に「古峯講中」とあるので、古峯神社だろうか。
八坂社と子安神社
社殿の右後方で、写真の左が八坂社、写真の右が子安神社。子安神社前の左右常夜灯共に、正面「奉納子安大明神」、右面「嘉永四辛亥二月吉日」。
石祠群
疱瘡神社は何処でしょうか。
次回は、生谷の観音堂(六43番)&大師堂(六47番)
次回は、生谷の観音堂(六崎組43番)、続けて、その近くの大師堂(六崎組47番)に参ります。