東葛印旛大師巡拝 名内の粟嶋神社(元掛所)から平塚地区へ

(令和5年4月5日その5)
東葛印旛大師巡拝、名内の東光院(66番)の次は、名内の粟嶋神社(元掛所)に参った後、平塚地区へ進みます。
東光院の石柱門から道路に出て右(南)に進みます。100m強進んでの二股三叉路、

名内粟嶋神社北の三叉路
名内粟嶋神社北の三叉路
ここは、どちらでも行けますが、左の方が良いでしょう。約60mで、少し下りになるところ、右が粟嶋神社です。
名内粟嶋神社前
名内粟嶋神社前

粟嶋神社

粟嶋神社、白井市名内586番地。(千葉県の宗教法人名簿より)
東葛印旛大師元掛所。
下総四郡大師再興時の掛所。

参道・鳥居

名内粟嶋神社参道・鳥居
名内粟嶋神社参道・鳥居
参道階段の左上、鳥居の足元の、名称がわかりませんが、
名内粟嶋神社参道の石塔
名内粟嶋神社参道の石塔
写真の石塔に、正面の右「別當 東光院」、右面「天保十己亥〓 〓月吉祥〓」とあります。(天保10年=1839年) 江戸時代(天保期)には東光院が、ここ粟嶋神社の別当寺だったようです。

境内

名内粟嶋神社境内
名内粟嶋神社境内

扁額

名内粟嶋神社扁額
名内粟嶋神社扁額
(..島じゃなくて嶋なのか、修正じゃ..)

手水鉢

名内粟嶋神社手水鉢
名内粟嶋神社手水鉢
手水鉢には「天保九戌年九月吉日」とあります。
なお、境内に大師堂らしいものは見当たりませんでした。ここは、文政期には既に掛所粟嶋大明神であったとする史料があります。その後変遷があったようですが、東葛印旛大師の公式サイトを読む限りでは、つい最近まで掛所であったが移転したようです。
sites.google.com
それでは、平塚地区へ向かいます。来た道を約0.6kmほど戻って右折(東行)、今井の東海寺跡(61番)とは反対方向に進みます。そこから約1.3kmの地点、
カンナ街道から平塚小森への交差点
カンナ街道から平塚小森への交差点
ここを右折します。平坦な田圃地帯を抜け、少し坂を上って住宅のあるところに出ると、
平塚小森の住宅
平塚小森の住宅
左(東)の住宅に、塀をぶち抜いて、お堂が建っています。
平塚村大師48番
平塚村大師48番
このお堂の左前に、「新四國第四十八番」とある石塔がありますので、おそらく大師堂です。これは、平塚地区、かつての平塚村に設けられた、平塚村大師と称されるものです。

次回は、平塚村大師その壱になります

明後日の公開予定です。