千葉寺十善講八十八ヶ所巡拝 作草部町の正善院(7番)

(令和5年9月9日その3)
千葉寺十善講八十八ヶ所巡拝、穴川天台・作草部の大師堂(番外)&作草部神社の次は、作草部町(さくさべちょう)の正善院(7番)に参ります。
作草部神社の鳥居から道路に出て左(東)に進みます。下り坂になるあたりで、

右手に作草部正善院本堂屋根
右手に作草部正善院本堂屋根
前方やや右手に、正善院本堂の屋根が見えます。坂を下っての信号十字路、
作草部正善院近くの十字路
作草部正善院近くの十字路
左に正善院駐車場の看板かありますが、十字路は右折です。右折してすぐの右手が正善院です。
作草部正善院前
作草部正善院前
この日は何かしらの式を行っていたらしく、自動車が数台止まっていました。

作草部町の正善院

真言宗豊山派、正善院、千葉市稲毛区作草部町737番地。(千葉県の宗教法人名簿より)
千葉寺十善講八十八ヶ所7番。
こちらから来た場合、道路沿いの塀が切れたところで折り返すと入口があり、入口入って右に7番標識塔に露天の大師像、その奥にお堂( 不動堂? )、お堂の前で左に参道が折れてその先に本堂、本堂の左前に修行大師像、この大師像と相対するように7番大師堂、大師堂の右に石仏群があります。

入口

作草部正善院入口
作草部正善院入口

7番標識塔と大師像

7番標識塔と大師像
7番標識塔と大師像
7番標識塔右面背面7番標識塔左面
7番標識塔
標識塔の正面「四國八拾八ヶ所阿州十樂寺模」、左面「第七番佐草部村正善院」、背面「文政十丁亥歳三月吉日」、右面「本尊藥師如来」とあります。(文政10年=1827年) 本尊薬師如来とは十楽寺の本尊の事です。
作草部正善院入口大師像台座
作草部正善院入口大師像台座
この大師像の台座は、中央「當村講中」、右「壬天保三年」、左「辰三月吉日」と干支の字の配置がちょっと変わっています。(天保3壬辰年=1832年)

境内

作草部正善院境内
作草部正善院境内

不動堂

作草部正善院不動堂
作草部正善院不動堂
扁額の確認はしなかったのですが、手前に不動明王真言が書いてありますので、たぶん不動堂です。

本堂

作草部正善院本堂
作草部正善院本堂
作草部正善院本堂扁額
作草部正善院本堂扁額
読めん。どうやら「貴船山」らしい。そういえば、作草部神社の神額も「貴布禰大明神」らしいので、昔の両者は関連がありそうです。

本堂右前庚申塔

本堂の右前にぽつんと庚申塔です。

作草部正善院本堂右前庚申塔
作草部正善院本堂右前庚申塔
庚申塔の右「奉勤修庚申待誦〓〓」、左上「安樂念願」などとあります。

修行大師像

作草部正善院修行大師像
作草部正善院修行大師像

7番大師堂

7番大師堂
7番大師堂

大師堂横石仏群

作草部正善院大師堂横石仏群
作草部正善院大師堂横石仏群
左前の石仏は右「奉造立如意輪尊像一躯十九夜講中爲二世安樂也」、左「元文元丙辰十月十九日 老若女講中四十六人敬白」とあります。(元文元年=1736年)
作草部正善院大師堂横石仏群左側
作草部正善院大師堂横石仏群左側
左奥の石仏は中央最上部に種字、右「奉造立十九夜〓念佛」、左は、うーん、「〓天和二壬」かな。(天和2壬戌年=1682年)
作草部正善院大師堂横石仏群右側
作草部正善院大師堂横石仏群右側
一番右端の石仏は中央「奉造立」、左「文政七甲申二月十九日 佐草部村」、その左の石仏は中央「奉造立」、その左右「十九夜講中」、左「二世安樂」、右「嘉永六癸丑年」、その左の石仏は中央から右へ「奉造立 為二世安樂也 十九夜講中六十人」、左「安永九子十月十九日」とあります。(嘉永6年=1853年、安永9年=1780年)
それでは、次へ参ります。入口から出て左に切り返し、直ぐの信号十字路は右折(東行)、小さな川を越え、東寺山町に入って上り坂を上り、国道16号との交差点に出ます。
国道16号千葉市若葉区東寺山町の北西の交差点
国道16号千葉市若葉区東寺山町の北西の交差点

次回は、東寺山町の大師堂(8番&14番)

次回は、東寺山町の大師堂(8番&14番)に参ります。先ほどの交差点を直進します。