(令和6年5月29日その1)
六崎組十善講八十八ヶ所巡拝、本日は、臼井(うすい)の光勝寺(48番)から始めます。本日の出発点は、臼井台の宗徳寺(25番)です。
宗徳寺から国道296号に出て左(北北東)、坂下へ進みます。あんまりこの国道は使いたくないのですが、他によさげな道もないので。中宿交差点にて、右折、京成本線の踏切は、そのまま横断直進、その先の三叉路で国道が左に折れた直後、斜め右の細い道が、光勝寺への入口になります。ちょっと坂を上って、最初の右ターンの外側が、昔の光勝寺本堂所在地で、大師堂などは現時点でも残留しています。
臼井の光勝寺
時宗、光勝寺、佐倉市臼井1236番地1。(千葉県の宗教法人名簿より)
六崎組十善講八十八ヶ所48番。
まず、旧本堂所在地の中央、かつて本堂があった所は、現在は空きスペースになっています。その左には、道路側から、石塔石仏群、子安堂、48番大師堂、右には名勝・臼井八景光勝晩鐘説明板があります。坂道を上り続けると、左ターンの先、左手に本殿などが建築中で、また右に折れたら、左手に山門、本堂、本堂の右に一遍上人像、本堂の左奥目に鐘楼です。
旧本堂跡
Google Street Viewを見る限り、2019年5月までは、旧本堂が残っていました。この日は、猫さんが、見知らぬ人から距離を取るべく悠然と退却中でした。
旧本堂左手
48番大師堂
御詠歌額は、「臼井宿 四十八番 光勝寺」、48番御詠歌、奉納年月日。台座には「臼井 村中」。
子安堂
石塔石仏群
一番奥、子安堂の左には、よく似た石塔が5基。それらと向かい合う列からは、子安堂に近い方から、まず庚申塔、その左面「享保元丙申年十月吉日 施主臼井本町庚申講中百四十四人」、その右に阿弥陀如来名号塔、その正面中央「南無阿彌陀佛」、左右上部「天下和順 日月清明」、左右下部「臼井三ヶ村 念佛講中」、左面上部「〓〓〓 供養塔〓立」、左面下部「文化三歳 丙寅二月吉日」。(享保元年=1716年、文化3年=1806年)
この列の道路に近い方、道路側の石塔は、正面に梵字3字と「奉納大乘妙典」、その左の秩父供養塔の台座は、正面の中央「正觀世音菩薩」、左右上部「秩父 札所」、左右下部「臼井村 講中」、右面「文化十四丁丑年」、左面「三月吉日」。
その秩父供養塔の背後の馬頭観音、右面「嘉永二酉三月吉日」。(嘉永2年=1849年)
あと、位置を忘れた石仏、左に「文化十一戌十月吉日」。
名勝・臼井八景光勝晩鐘説明板
これに拠れば、山号は臼井山、臼井氏祖の臼井常康(臼井常康 - Wikipedia)の菩提寺として、臼井台(字)道場作にて真言宗で創建、臼井祐胤の時に時宗となった、臼井城が落ちた後、現在地に移転、本尊は阿弥陀如来。「光勝晩鐘」は臼井八景のひとつ。
旧本堂跡から本殿へ
南東方向、高いところに本殿の屋根が見えます。坂道に出て左に上り、すぐのところ、ここで左にターンすると、左手に本殿など、前方やや右に寺の主要部が見えます。
本殿など
今現在、本殿の新築工事中だそうです。とすると、こちらが本殿ですか。
山門
本堂
扁額は「臼井山」。
一遍上人像
鐘楼&光勝晩鐘碑
本堂左前に光勝晩鐘碑、本堂左奥に鐘楼です。本堂前の碑には七言絶句。そして鐘楼の側にも光勝晩鐘碑があります。こちらの碑には和歌。いずれにしろ、鐘は音が対象です。
次回は、角来の大雄寺(かけ番)
次回は、角来の大雄寺に参ります。本堂側から道路に出て左、山門前を通過しての突き当たり丁字路は右で、坂を下ります。