千葉寺十善講八十八ヶ所巡拝 星久喜町の千手院(番外)

(令和5年9月14日その2)
千葉寺十善講八十八ヶ所巡拝、道場の北総天満宮&矢作町の千手院(番外)の次は、星久喜町(ほしぐきちょう)の千手院(番外)に参ります。隣町で、宗派が違っていて、名称(院号)が同一の、別々の寺院なんです。
矢作町の千手院から道路に出て左(東)へ進みます。この道は古道らしく、特に迷うことなく通りに出ます。

千葉市中央区星久喜町北西のとある十字路
千葉市中央区星久喜町北西のとある十字路
この十字路で右折、直ぐの信号三叉路を左折して、京葉道路・国道16号の高架下から、東の側道との信号交差点、
国道16号千葉市都市緑化植物園正門近くの交差点
国道16号千葉市都市緑化植物園正門近くの交差点
奥の方に右折します。千葉市都市緑化植物園を突っ切ってもよいのですが、植物園正門への道には入らずに、その次の三叉路、
千葉市都市緑化植物園正門南の三叉路
千葉市都市緑化植物園正門南の三叉路
ここを左折して、左に植物園、右に星久喜中学校という道を抜けます。しばらく進むと、一時停止標識のある十字路に出ます。
星久喜千手院近くの十字路
星久喜千手院近くの十字路
この十字路の向こう、左手に星久喜の千手院本堂が見えます。十字路を直進します。

星久喜町の千手院

天台宗、千手院、千葉市中央区星久喜町334番地。(千葉県の宗教法人名簿より)
千葉寺十善講八十八ヶ所番外。
ちょうど直進と右折の丁字路の左に山門、山門から参道真っ直ぐに本堂、山門入って左に大師堂、大師堂の右に宝篋印塔があります。

星久喜千手院
星久喜千手院
山号は星久山。地名に由来するのでしょう。

山門

星久喜千手院山門
星久喜千手院山門

本堂

星久喜千手院本堂
星久喜千手院本堂
本堂の屋根に注いだ雨水を受ける石樋、天水受というらしいですが、
星久喜千手院本堂天水受左
星久喜千手院本堂天水受左
左の天水受には、真向かい月星紋、
星久喜千手院本堂天水受右
星久喜千手院本堂天水受右
右の天水受には、九曜紋、と千葉妙見または千葉氏に所縁の紋がついています。

大師堂

星久喜千手院大師堂
星久喜千手院大師堂
星久喜千手院大師堂扁額
星久喜千手院大師堂扁額
大師堂内には5体の像があり、うち後方3体の大師像の台座ですが
星久喜千手院右大師像台座
星久喜千手院右大師像台座
右の台座には「嘉永五子年 十二月吉日 南無大師 遍照金剛」(嘉永5年=1852年)、
星久喜千手院中央大師像台座
星久喜千手院中央大師像台座
中央の台座には「星久喜講中 奉納南無大師遍照金剛 大正七年四月一日」(大正7年=1918年)、
星久喜千手院左大師像台座
星久喜千手院左大師像台座
左の台座には「四國八十八ヶ所」とあります。

宝篋印塔

星久喜千手院宝篋印塔正面左面星久喜千手院宝印院塔背面右面
星久喜千手院宝篋印塔
宝篋印塔の正面「寶篋印陀羅尼」、左面「文化四丁卯年五月十日入寂 堅音法印常純」、右面「導師如意山英純」、背面「文化七庚午年二月 當山…四世…代」とあります。(文化4年=1807年) 故人への供養塔としての宝篋印塔です。

次回は、仁戸名町の仁守寺(番外)

次回は、仁戸名町の仁守寺(番外)に参ります。千手院の山門を出て左(南東)に進みます。