江戸川八十八ヶ所巡拝 丹後の光福院(86番)、序に(仮称)三郷流山橋埼玉県側

(令和4年5月19日その7)
江戸川八十八ヶ所巡拝、茂田井の阿弥陀堂&元光明院(85番)の次は、丹後の、住居表示上は早稲田8丁目の、光福院(86番)に参ります。
元光明院の前の道を左折(北行)し、JR武蔵野線三郷駅横を通り抜け、そのまま道なりに三郷駅北口交差点も北進します。どんどん進んで、三郷市早稲田の北端近くの埼玉県道52号線との早稲田7丁目(西)交差点でようやく左折します。

早稲田7丁目(西)交差点
早稲田7丁目(西)交差点
次に、県道52号線と県道21号線との早稲田8丁目交差点を左折すると、右手に光福院の看板があります。
光福院前
光福院前
ここを右折すると光福院の参道になります。

光福院

真言宗豊山派、光福院、三郷市早稲田8-15-13。(埼玉県の宗教法人名簿より)
江戸川八十八ヶ所86番。

光福院参道
光福院参道
参道途中左に薬師如来坐像説明板、参道真直ぐに本堂、本堂の左に修行大師像と大師堂があります。

薬師如来坐像説明板

光福院薬師如来坐像説明板
光福院薬師如来坐像説明板
これに拠れば、光福院は、初め宝珠山東福院医王寺と称し、のちに院号を光福院に改めた。元は(今の流山市)根郷番場に在ったが、慶長5年(1600年)に江戸川改修により行人台(今の三郷市営江戸川グランド)に移転。享保年間(1716年-1736年)の江戸川改修で現在地に再移転。本尊だった伝行基作の不動明王が明治元年(1868年)正月に焼失、その後、薬師堂本尊の薬師如来坐像を寺の本尊とした。そうです。
なお、この薬師如来坐像は三郷市の指定文化財です。
www.city.misato.lg.jp

境内

光福院境内
光福院境内

本堂

光福院本堂
光福院本堂

修行大師像と大師堂

光福院修行大師像と大師堂
光福院修行大師像と大師堂
大師堂の前に「第壹番」と彫られた台座?があります。
光福院大師堂前
光福院大師堂前
何の第1番かは不明です。
これで、江戸川八十八ヶ所のうち、江戸川の西の札所は全て参ったことになります。対岸に渡る前に、現在建設中の(仮称)三郷流山橋の建設現場を見てみます。早稲田7丁目(西)交差点まで戻って左折(北行)し、突き当りを右折後すぐ左折して、用水路沿いの道を北に進みますと、橋に続く埼玉県側の新道建設現場に出会いました。

(仮称)三郷流山橋

(仮称)三郷流山橋埼玉県側アプローチ
(仮称)三郷流山橋埼玉県側アプローチ
堤防側へ進みます。
(仮称)三郷流山橋埼玉県側取付橋
(仮称)三郷流山橋埼玉県側取付橋
本来は車道4車線の設計ですが、2車線分を先行開業する予定です。
(仮称)三郷流山橋埼玉県側堤防下
(仮称)三郷流山橋埼玉県側堤防下
(仮称)三郷流山橋埼玉県側堤防上
(仮称)三郷流山橋埼玉県側堤防上
(仮称)三郷流山橋埼玉県側
(仮称)三郷流山橋埼玉県側

次回は、流山の流山寺(19番&87番)

次回は、流山の流山寺(19番&87番)に参ります。(仮称)三郷流山橋は未完成で渡れませんから、南下して流山橋を渡ります。