印西大師・印西地区の大師堂巡拝 鹿黒の西光寺(4番)など

(令和5年4月13日その7)
印西大師・印西地区の大師堂巡拝、泉新田(泉)の泉新田大師堂などの次は、鹿黒の西光寺(4番)などに参ります。
泉新田大師堂のある泉王寺を出て左(東)に進み、次の三叉路を左折して、直進すると(2023年時点の)千葉県道4号に合流、そのまま直進します。泉王寺から約1.2kmの地点、

千葉県道4号鹿黒・鹿黒南境界付近
千葉県道4号鹿黒・鹿黒南境界付近
ここを左折(西行)します。なお、この地点には、後で戻ってきて東へ曲がります。
左折した先で道が右(北)に折れて、ここから古道となります。ここより南の古道はデータセンター・物流センター用地に消えました。古道を約0.4kmの十字路手前、左に大師堂があります。
鹿黒西光寺大師堂前
鹿黒西光寺大師堂前
なお、道の右には鹿黒集会所、十字路向こうの左に印西市消防団第3分団第11部の倉庫がありますが、お寺のような建物はありません。神社や寺院(の跡)、町内会規模の集会所、消防団倉庫がセットになるのは、よくあるようです。

4番大師堂(西光寺)

印西大師4番。

4番大師堂
4番大師堂
印西大師4番番号札
印西大師4番番号札
4番御詠歌額
4番御詠歌額
本家四国八十八ヶ所の4番大日寺は、黒谷村(徳島県板野町黒谷)にあって、ここ鹿黒とは「黒」つながりです。
4番大師像台座
4番大師像台座
台座には「鹿黒村西光寺」とあります。
4番標識塔
4番標識塔
標識塔には「印西新四國〓〓」とあり、「〓〓」は「四番」っぽい。

鹿黒西光寺の古い石仏

消防団倉庫の西隣に、古い石仏があります。

鹿黒西光寺の古い石仏
鹿黒西光寺の古い石仏
鹿黒西光寺付近西から
鹿黒西光寺付近西から

道標兼庚申塔

十字路の鹿黒集会所側(南東角)に、道標を兼ねた庚申塔がありました。

鹿黒集会所道標兼庚申塔南面西面鹿黒集会所道標兼庚申塔北面東面
鹿黒集会所道標兼庚申塔
南面には中央に大きく「庚申」、その右には小さく「新田」(泉新田か)、西面には「西〓泉〓倉道」(和泉小倉だろう)、日陰の面は、よくわかりません。
集会所敷地内塀の内にも石塔がいくつかありましたが、撮影は控えました。
さて、今昔マップon the webに拠れば、明治後期の地図には、当地、但し十字路の北東角に、お寺があったようですが、大正期の地図にはもう無くなっていました。
それでは、次へ参ります。十字路を東に、大師堂の前からは右折します。約0.14km先の三叉路の左側にも大師堂があります。
鹿黒・大森境の大師堂前
鹿黒・大森境の大師堂前

鹿黒・大森境の大師堂

鹿黒・大森境の大師堂
鹿黒・大森境の大師堂
どうやら、この大師堂までが鹿黒で、一軒右隣からは大森のようです。
鹿黒・大森境の大師堂の扁額
鹿黒・大森境の大師堂の扁額
扁額には御詠歌などはありません。
次は、古新田(大森)の弥陀堂(31番)に参ります。ここからは直線距離ですと1kmもありません。しかし、間に谷津があり、古地図には道があるのですが、現代の地図では道がつながっていません。ですので、少し回り道をします。
まずはこの記事冒頭の地点に戻ります。来た道を返しても良いのですが、ここは、三叉路を大師堂の反対側に進みます。突き当たりの(現在の)県道4号を右折(南行)し、記事冒頭の地点、北から来て、西(鹿黒)への道を通過してから、左(東)へ曲がります。その先、谷津を埋めた部分を含む住宅地を進んで、道が急カーブするところ、
印西市鹿黒南3丁目東
印西市鹿黒南3丁目東
「左折は通り抜けできません」とある所を左折します。なお、急カーブした先、右は県道4号新道あるいはバイパス(予定)ですが、左側への県道は未成であり、別に古道が南北に走っています。県道が完成したら、県道経由で古道を北に進めば良いでしょう。
さて、左折した先、住宅地の北東へ進み、
印西市鹿黒南から大森へ
印西市鹿黒南から大森へ
車止めをすり抜けて左折します。ここから大森になります。

次回は、古新田(大森)の弥陀堂(31番)

次回は、古新田(大森)の弥陀堂(31番)に参ります。