葛飾大師巡拝 神明寺(37番)

(令和4年3月12日その4)
下総四郡大師と葛飾大師の巡拝、了極寺(葛飾大師24番)&双輪寺(葛飾大師43番&45番)の次は、神明寺(下総四郡大師37番、葛飾大師37番)です。
双輪寺前の道を左折(北行)します。道が左カーブするところを、あくまでも直進(右折)します。京葉道路の下を潜ってすぐ右折して、道なりに左カーブし、国道298号線にぶつかったら、その下を潜って、出たところから斜め右に進みます。すると京葉道路市川インターチェンジ北の千葉県道6号線に出ますので、これを左折(北行)します。そのまま国道14号線まで進んで右折し、約0.4km先の交差点、

国道14号線神明寺入口
国道14号線神明寺入口
この写真、自動車が曲がろうとしている所ではなく、その次の、一方通行標識のある角を左折します。京成本線の踏切の少し手前左に、神明寺です。
神明寺前
神明寺前

神明寺

真言宗豊山派、神明寺、市川市鬼越1丁目11番8号。(千葉県の宗教法人名簿より)
下総四郡大師37番。
葛飾大師37番。(梶原石五郎氏納経帳・村上昭彦氏編・千葉文華41号より)
行徳二十一箇霊場5番。

山門

神明寺山門
神明寺山門
神明寺山門から境内
神明寺山門から境内
山号は鬼越山。山門の先に本堂、その左前に大師堂、山門の左にいちょうがあります。

37番標識塔

少し戻って、入口道路際左に37番標識塔があります。

37番標識塔正面右面
37番標識塔正面右面
標識塔の正面「四國三十七番土州五社寫」、左面「本尊不動明王」「神明寺」、右面「文化八年」とあります。(文化8年=1811年) 土州(土佐国)五社とは、仁井田五社とも呼ばれる、現在の高岡神社(高知県四万十町)の事で、江戸時代までは、本家四国八十八ヶ所37番札所でした。

本堂

神明寺本堂
神明寺本堂
小栗判官厄除出世不動の説明板
小栗判官厄除出世不動の説明板

大師堂

神明寺大師堂
神明寺大師堂

いちょう

神明寺のいちょう
神明寺のいちょう
小栗判官馬つなぎのいちょう説明板
小栗判官馬つなぎのいちょう説明板
さて、次の札所に参る前に、踏切の反対側にある神明社に寄り道します。立地からしても、名前からしても、神明寺は、神明社の別当寺だったと思われるからです。

神明社

神明社、市川市鬼越1丁目26番18号。(千葉県の宗教法人名簿より)

鬼越の神明社
鬼越の神明社

鳥居前

鳥居の前、左に説明板、右に村社の石塔があります。

鬼越の神明社説明板
鬼越の神明社説明板
創建は元和2年(1616年)に伊勢の神宮から分祀。
鬼越の神明社記念碑
鬼越の神明社記念碑
村社昇格の記念碑には大正10年(1921年)の日付があります。

境内

鬼越の神明社境内
鬼越の神明社境内
先の説明板によれば、社殿は明治期(約140年前)の造営で、その左奥のクスノキは、樹齢約四百年以上です。その説明板自体は平成28年(2016年)以降に書かれたようです。

次回は、東昌寺(52番)

次回は、東昌寺(52番)に参ります。国道14号線に戻って右折(西行)します。